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| 私たちは、昨年(94年)の夏、HIV/AIDSに関与するボランティア関連施設・組織、医療・研究機関、政府機関、企業・労働組合などアメリカ東部の約20ヶ所を訪問し、『コミュニティ』の存在の重みとその中でのエイズ・サポートの実態を見聞した。成果の概要は次の通りであり、『バディ』に関する今回の訪米の基盤を成すものである(->米国HIV/AIDSボランティア事情)。 |
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1.ボランティア − Volunteer Work |
| 日本では、ボランティアといえば『善意』という言葉を思い浮かべるが、アメリカでは『当然の義務』というような印象を受けた。エイズに関していえば、行政や医療体制・保険制度の狭間にできた空白地帯を多様なボランティアがサポートしている。政策や制度の不備を批判し、改善することも一つの重要な行動だが、何もしないことへの言い訳にもなる。本当に助けが必要な人に、現実的な方法で対処するという彼らの流儀(伝統)は、少なくとも当事者にとってきわめて実質的で心強い。 |
2.コミュニティ − Community |
アメリカのボランティア精神の底流には『コミュニティ』という概念があるようだ。
彼らは、自分が帰属するいくつかのコミュニティの中で必要に応じて、可能な範囲でお互いに助け合って生きている。誰が助け、誰が助けられているのかは大きな問題ではない。『助け合って』いる状態こそがコミュニティの要件だ。つまり、助け・助けら、受け容れ・受け容れられることは、コミュニティの中で、その時その時の役割分担に過ぎない。
助け・受け容れる『あなた』がいなければ、助けられ・受け容れられる『あなた』もいないし、コミュニティも存在しない。 |
3.カウンセリング/ソーシャル・ワーク − Counseling / Social Work |
アメリカでは、医療とカウンセリング/ソーシャル・ワークが縦横の糸として複合的に機能している。
特にエイズの場合、物理的・薬物的治療だけでは充分に機能しない。エイズは精神的・経済的・社会的要素の大きい病気だ。HIV抗体検査の前後はもちろんのこと、陽性判定後、発病後もカウンセラー/ソーシャル・ワーカーのはたす役割は大きい。エイズは依然として根治できない病気であり、感染者/患者およびその家族にとって心理的なサポートは不可欠である。さらに社会的(偏見や差別)・経済的(医療や住宅)問題を感染者/患者が独自に処理することは不可能に近い。
日本人は他人に心を開くのが苦手だ。しかし、エイズに関しては、感染者/患者を包括的にささえる体制が不可欠だし、またそのささえを受け容れる文化も必要だ。 |
4.エイズ先進国から − Information & Advice |
行政、医療・研究、企業・労働組合、コミュニティ(CBO(※1))などの様々のチャンネルで、アメリカのエイズ対応策の枠組みはかなり整っていると感じた。
しかし、今回面会した誰もが口を揃えてこう言った。『現在の状況は、10年間の試行錯誤の結果だ。当初は偏見や差別に満ち満ちていたし、今だってなくなったわけじゃない』。確かにアメリカのたどってきた道が理想的なわけではない。実際に感染爆発を起こし、すでに20万人を越す犠牲者を出している。また、その背景にはホームレスや麻薬などの経済的、社会的な問題が複雑にからんでいる。
一方、日本ではその数は比べものにならないくらい少ない。しかし、だからといって今後も大丈夫だということにはならない。この現象は、単に現時点の、社会・経済情勢や感染経路などの偶然の所産に過ぎない。今までは幸運だったと言った方が正確だろう。事実、日本でも感染者は増加する傾向が見られる。それが急激な変化を見せたとき、はたしてあらゆるチャンネルを総動員して、ねばり強い瀬戸際作戦を展開していけるだろうか?
| ※1 Community Based Organization。各種コミュニティに基盤をおく支援組織の総称。 |
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5.あらゆる角度から − Multidisciplinary Approach |
今回訪問したNational Institute of Health(国立保健研究所、94会計年度の予算は約110億ドル、12%がエイズ関連予算)では、面会した各部門(National Cancer
Institute(NCI), National Institute of Drug Abuse(NIDA), Mental Health(NIMH), Allergy and Infection
Disease(NIAID), Fogarty International Center, Office of AIDS Research)の担当者の方々が、各部門の観点からそれぞれエイズへの対応について熱心に語ってくれた。
このような全方向的な対応は、日本的風土からは想像しにくいが、エイズという病気の特性を考えれば、あらゆる分野からのアプローチが必要になる。また、そのようなアプローチがなければ、エイズという病気に立ち向かっていけないということを実感した。
他人まかせ、お役所仕事、臭いものにはフタ式の発想を払拭しなければ、人類が直面している最大級の社会的問題であるエイズに対処できない。日本だけが例外のはずはない! |
6.患者の視点 − If Positive? |
エイズの代表的な日和見感染症(※1)の一つであるカリニ肺炎(※2)の予防的治療にはペンタミジンのエアロゾル吸入が一般的である。吸入治療を行うためのチェンバーの中に座ってみた。大げさかもしれないが、それはまさにHIV感染の疑似体験だった。はずかしい話だが、ものの10秒で逃げ出した。
HIVに感染し、生と死に直面するストレスにさらされ、抗ウイルス剤の副作用と闘い、友人とも疎遠になり、ひょっとすると職を追われ家族からも見放された一人の感染者が、冷たい感じのするこの鉄の箱の中に座って、肺の奥深くまでペンタミジンを吸い込む。正面には『Do Not Spit!』(※3)の張り紙がしてある。治療は約30分、いったい何を思うのだろうか....。
日本の医療には患者の視点が欠落していると感じることが多い。エイズの場合、診療そのものが拒否されるような事態も生じている。一度、感染者/患者の立場に立って、じっくりと考えてみてほしい。
※1 HIV感染により免疫システムの機能が低下した人のからだを機会をとらえては(日和見的に)襲うあらゆる種類の感染症。
※2 PCP(Pneumocystis Carinii Pneumonia)とも呼ばれる。日和見感染症の一つで、肺に感染して肺炎を引き起こす。
※3 『つばを吐くな!』 |
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7.困難に直面する前に − Let's Act Now! |
アメリカで報告されたエイズ症例数は44万1528(95年6月現在、WHO)、感染者は22〜44才の50人に1人以上と推定されている。我々がフィラデルフィアで訪問したThe Graduate Hospitalだけでも、常時2000人以上のHIV感染者/AIDS患者を治療している(外来主体に移行中)。医療機関にとって、もはや特別な病気ではない。
日本では、同じく6月末までに992のエイズ症例と3821人のHIV感染者(エイズ患者を含む)が報告されている(何れも凝固因子製剤(※1)によるものを含む)。確かに身近な病気として実感するのは難しいかもしれない。
しかし、実感できたときではもう遅すぎる。エイズは、最初は徐々に、次に加速度的に、そして最後には爆発的に増加する。遅れれば遅れるほど対策はますます難しかしくなる。そして何より、あまりにも大きな犠牲と悲しみを強いられることになる。あなた自身、そしてあなたの配偶者や家族や友人や同僚がその困難に直面する前に、まず一人一人がエイズを自分自身の問題として正確に認識し、行動する必要がある。
| ※1 血友病患者が使用する血液凝固因子製剤は、加熱処理が行われるようになるまで、HIVの感染経路として働き、大きな犠牲を生んだ。 |
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8.日本の現状 − in Japan.... |
日本の現状は10年前のアメリカの状況に近い。しかし、この数字は法律に基づいて報告された症例の記載であり、特に感染者数については必ずしも実態を表すものではない。世界的に見れば奇跡的な少なさだが、決して将来的にも増加しないことを保証するものではない。現状を幸運と喜ぶことはできても将来を楽観することは許されない。
大切なのは、早急に実態を把握し、今後の動向を予測すること。そして早い段階で必要な対策を講ずることだ。
事態を過小評価して無為に時間を浪費すれば、取り返しのつかないことになる。日本には国民皆保健制度や優れた教育システムがある。今なら、日本なりのやりかたで何とか対応策を講ずることができるかもしれない。 |
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以上は、昨年の訪米から私たちが感じとることのできたものの概要であり、阪神・淡路大震災に対する支援活動・募金活動の試行錯誤の中で、その重要性を改めて認識させられた内容でもある。
しかし、ボランティアとコミュニティに関連して、一つ大きな疑問が残った。
コミュニティの中での相互扶助の構図は、あくまでもコミュニティに視点をおかなければバランスがとれない。では、一人一人の人間に視点を移したとき、人はどう人をささえ、人はそのささえをどう受け容れることができるのだろうか?
つまり、あるサイズのコミュニティを想定すれば、ギブ・アンド・テイクの主体やその時期は大きな問題ではなくなり、確かにコミュニティ・レベルで常に収支が合うことになる。しかし、コミュニティの合理性だけで人間は行動できるものだろうか? ギブ・アンド・テイクの主体はあくまでも個人なのだから、個人レベルで精神的なバランスをとるためのメカニズムが『ギブ』と『テイク』の双方に何か存在するのではないだろうか?
そんなことを考えていたとき、ニューヨークで『バディ』というエイズのボランティアをされている日本人の女性がいるという話を聞いた。『バディ』は、相棒とか親友という意味の言葉で、HIV感染者/AIDS患者との安定した人間関係を基盤として精神的なサポートを行うマン・ツー・マンのボランティアだ。形態としては最もシンプルだが、人と人との関係として、きわめて奥の深いボランティアではないだろうか。
何かキッカケがつかめるかもしれない。
彼女とどうしても話がしたくて、再びニューヨークを訪れた。ニューヨークへ向かう飛行機の中、機内放送のチャンネル6、イヤホーンから聞こえてきたのは期せずしてジョン・レノンの『イマジン』だった。偶然にしては奇遇過ぎないか? |
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SIDE Aは、ニューヨークで『バディ』のボランティアをされている松本さんとのインタビューを記録したものであり、SIDE Bは、松本さんがサポートしているジョニーの家を訪れたときの記録だ。
松本さんとジョニーの話を聞くうちに、『バディ』が、ささえ・ささえられるという単純な構図では理解できないことが次第に明らかになっていった....。 |
| SIDE A |
◇松本みどりさん(33)
ニューヨークでマスコミ関係に勤務する傍ら、積極的にボランティア活動に参加。
◇1995年6月4日(午後)
◇ブルックリン、ニューヨーク |
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| SIDE B |
◇松本みどりさん(33)
◇ジョニー(27)
松本さんのクライアント。中国系アメリカ人。免疫機能の低下によりサイトメガロウイルスに感染、
視力が極度に低下している。
◇ジャズミン(18)
ジョニーの姪。ごく自然にジョニーをささえている。
◇1995年6月11日(午後)
◇コニーアイランド、ニューヨーク |
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