Leave Your Tracks! in BUDDY GuestBook

◇おわりに
'94年の訪米の最大の収穫は、『コミュニティ』という概念だった。アメリカには本当に様々のコミュニティがある。地域のコミュニティがあり、中国人のコミュニティがあり、ゲイのコミュニティがあり、もちろんHIV感染者のコミュニティがある。そして、そのコミュニティを基盤に様々の支援団体(Community Based Organization)が形成されている。
彼らは、自分が帰属するいくつかのコミュニティの中で、必要に応じて、可能な範囲でお互いに助け合って生きている。誰が助け、誰が助けられているかは大きな問題ではない。『助け合って』いる状態こそがコミュニティの要件と言える。
HIV/AIDSに関しても、行政や医療システム・保険制度の狭間にできた空白地帯を多様なボランティアがサポートしている。『どこ』が、あるいは『誰』がサポートすべきかという議論もあるだろうが、本当に助けが必要な人に、現実的な方法で対処するという彼らの流儀(伝統)は、当事者にとってきわめて実質的で心強いものに違いない。
日本の経済成長が臨界点に達すると同時に社会保障システムの限界も見え始めた。現在、財源の確保という観点を中心にシステムの見直しが急がれているが、今後は個々人に求められるところがますます大きくなるだろう。しかし、人と人とが支え合う精神的な、そして社会的な基盤が脆弱になっている現状は是非とも認識しておかなければならない。
AIDSのような病気や、今後私たちが直面する高齢化の問題は、医療技術や医療システムだけで解決できるものではない。私たち一人ひとりの努力で、その基盤を補強していく必要があるのではないだろうか。また、それ以外に何かよい方法が見つかるだろうか。
このことは、'95年1月の大震災が、大きな犠牲の代償として私たちに伝えた教訓でもあるように思う。
'95年、再びニューヨークを訪れたのは、『バディ』というボランティアについて知りたいと思ったからだ。
バディ(Buddy)は、相棒とか親友という意味の言葉で、感染者/患者との安定した人間関係(HIV/AIDSによって断たれることのない友情)を基盤として、主に精神的なサポートを行うマン・ツー・マンのボランティア(写真:未掲載)。形態としては最もシンプルだが、人と人との関係として、きわめて奥の深いボランティアではないだろうか。
私が、あるいはこの文章を読んでいるあなたが、もしHIVに感染し、あるいはAIDSを発病した場合、その事実を受け容れ、支えてくれる友だちがはたして何人いるだろうか。家族はどうだろうか。
残念ながら、私たちの『日常』は、自分が信じているほど確実なものではなさそうだ。個々人にとって、QOLの最も重要かつ切実な要素として、もう一つのQOL: Quality of LoveとQOF: Quality of Friendshipについて真剣に考え始める時期がきているのではないだろうか。

この文章は、'94年と'95年、二度の訪米で見聞したアメリカにおけるHIV/AIDSボランティア事情について「Cotherapy」創刊号(特集:HIV/AIDSの現状と対策)に寄稿したものです。

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